特別支援学級と絵本  おもしろ文庫講演       2017.8.30  

          平針南コミュニティーセンターにて

○そもそも絵本を意識したのは長女が生まれた頃。まだおなかにいるうちから、いい絵本はないかと見聞きした絵本さがしに明け暮れていた。今思えば、その時代、今から40年近く前になるが、今名だたる絵本作家たちがこぞって創作絵本を出版し始めた時期とかぶっていた気がする。田島征三、林明子、五味太郎、長新太等々。週末には新しい絵本を購入するという習慣がその頃始まっていた。月刊の「こどものとも」ももちろん購読。単行本になる前の普及版が手元にあるのも、今や貴重な財産かもしれない。わが子に読み聞かせるのはもちろんだが、自分自身が絵本の世界に浸りたいという気持ちも一方で強くなっていった気がする。
○子育てと同時に支援学級の仕事も始まっていた。出だしは「ことばの教室」という言語障害の児童を対象とした通級制の学級。そこは校内に設けられており、学校内外の児童が週に何時間か通ってくる。親同伴、同室のことも多々ある。新卒で慣れない仕事なのに、いつも親に見られているというプレッシャーの中でのやりくりはよくこなせたと思う。教材にもっと絵本を生かせばよかったと今では思うが、そのときはとにかく障害になっている言語の力を何とかつけなくてはと指導優先にしばられていた。よかったのは、まるで知識がないままスタートした仕事だったが、専門のコースで勉強していた若手教員と知り合いになり、勉強会に入れてもらったこと。そこでは、ノーム・チョムスキーの著作を中心に、人間が言語を獲得する過程を分析し、理論化した内容を学習していた。覚えているのは、人間はだれしも、生成文法という物を脳内に持っており、その育つ環境によってその環境に応じた文法を使う構造になっているという。だから日本人の赤ちゃんでも、アメリカで育てば自然に英語を獲得するわけで、言語の世界のおもしろさ、不思議さに気づかせてもらった記憶がある。2才前からしゃべり始めたわが子の言葉を録音する試みも試したが、とてもテープが間に合わなくなってしまって記録メモだけで妥協していた。
 彼女の絵本場面で思い出すのは、田島征三の「ふきまんぶく」を読んでいるとき、大きなふきの葉っぱの上をすべる場面で自分も絵本にのっかってすべろうとしていたこと。まさに話に入り込んでいるのですね。
 当時、そろそろ自閉症の子どもたちが注目を集め始め、ベテランの教師たちも手探りで指導法を探る時代が始まっていた。たまたまだが、私のことばのクラスに佐々木正美さんの指導を受けている子がいて、治療場面に参加させてもらったことがきっかけで、佐々木さんの追っかけが始まる。本当にいい出会いだったと今にして思う。
○支援学級で絵本がいちばん活躍したのは、ダウン症のちーくんとりえちゃんのふたりコンビの年。ほとんど話し言葉が出てこない二人はでも絵本が大好き。ちーくんはいわむらかずおのタンタンシリーズ、りえちゃんは「わたしのワンピース」がお気に入り。ほとんど毎日のように読みきかせ、あそびにつなげていました。その年は学芸会の年。二人だけの出し物はむずかしいと思ったので、そこはふだんクラスに遊びに来ている子どもたちを巻き込んで、劇団を作ることにしました。題材は「ぐりとぐら」。ふたりを主人公にして集まる動物たちを他の子に演じてもらいました。卵形の車に乗せてもらったり、ふたりもごきげんで練習していましたが、一時はあまりの騒々しさに主人公が逃げ出してしまったこともありました。子どもたちもすぐ反省してくれて何とか劇は成功。大きな思い出になりました。
 ふたりがそろって何度も要求する絵本が「もこもこもこ」。言葉の少ないふたりが声をそろえて「ぷく」とか、「プー」とか大きな声を出してくれると本当にうれしくなってしまいました。絵本に力に感心した瞬間です。五味太郎の「おじさんのつえ」も大好きで、読みながらのかんたんな振り付けに大喜びしていました。
○五味太郎のあそびえほんにハマり始めたのもこの頃です。具体例
○支援学級で出会った子で印象的だったひとりがKくん。ほとんど「ウン」くらいしか返事をしないKくんの力に驚いたのは、「スーホの白い馬」を読み聞かせてから。感想文のかわりに感動した場面を絵に描いてごらんと課題を出したとき。白い画用紙を前にしてぐっとにらむかと思ったら、クレヨンでなぐるように描き出し、競馬の場面、矢がささる場面、スーホのところに倒れるようにもどる場面と次から次に画用紙を要求して描き上げました。こちらも半ばあっけに取られながら、これが彼の言葉かとしっかり納得した次第。
 そんな話を大勢の前で紹介したのは、谷川俊太郎さんとのイベントのとき。ことばをめぐる現場の実践例を頼まれて報告しました。谷川さんのことばあそびうたも授業の中でよく使わせてもらっていましたが、その席には本物のことばあそびの実践家波瀬満子さんも参加されていたので、あえてその話を用意しました。谷川さんたちが編集された「にほんご」もクラスの国語の教科書としてよくアレンジして使いました。 具体例
○絵本などのお話をおもちゃにアレンジしてみようと思ったのは「三匹のクマ」の話を聞いてから。恥ずかしながらそれまで、その話を耳にしたことがなく、たまたま給食の時間に放送委員が朗読していたのを聴いて、ピンと来たのです。すべて大中小の家具たち、くまさんも大中小。これはおもちゃになりそうと、それまで組み木のデザインにこだわっていたので、ひとつの枠の中から家具などを取り出すという発想でデザインしました。工夫したのは、単に切り出すのではなく、少々加工することで、人形劇のように操作して遊べるようにしたこと。これが我ながらうまくいき、クラスでもよく遊んでくれるおもちゃになりました。そして、学芸会の出し物につながることになります。
 続いて作ったのは「てぶくろ」。森に落ちていたてぶくろに次から次と動物がもぐりこんで最後に逃げ出すというお話。てぶくろの中の円に動物の顔を収めて、それをコマにして散らばるという発想でうまくいったつもりが、後から和久洋三さんから、この話は動物がだんだん大きくなっていくところがおもしろいのに、それを無視しているときびしい批評をもらいました。あまいですね。
 三作目は「おおかみと七匹の子やぎ」。これも枠を意識してデザインしましたが、少しこりすぎて、パーツが多すぎてしまいました。おおかみのおなかに子やぎか入ってしまうところがみそかな。
 絵本とドッキングして遊べる作品は「おおきなかぶ」でしょう。読み聴かせでしっかりお話を覚えたら、いっしょに人形を取り出し、かぶにセット。全員そろったところで一気にかぶがぬけます。うけることまちがいありません。お話好きなまーちゃんはときどきひとりで取り出しては遊んでいましたが、ある時片づけないまま外に遊びに行こうとします。注意してよく見ると、みんながかぶをかこんで食事している場面にアレンジされていました。子どもには負けます。
○そのまーちゃんを思い出しながら、新しいお話おもちゃができあがり始めました。まーちゃんは自閉的なお子さんでしたが、グリムやアンデルセンなどの童話が大好きで、そのストーリーをよく覚えており、気がむくと教室に立てかけてあるホワイトボードにそのストーリーを順番に描き始めます。なぜか紙に描かず、ホワイトボードが気に入っているようで、いろいろな登場人物もていねいに描くのですが、描き終わるとすぐ消して次の場面に移ってしまうので、とてももったいなく急いで写真に撮っておきました。
 たまたま職場が「くすのき学園」というとても厳しい環境で育った子どもたちの学級だったので、絵本などはしばらくお預け。とにかく子どもたちと関係を作ることだけが最優先でした。そんな折り、ふとまーちゃんのことを思い出し、お話を立体的に表現して立体の紙芝居のように遊べたらどうかなと構想しました。最初の題材は「おやゆびひめ」。まーちゃんのまねをして場面を五つに分け、場面ごとにグッズをデザインしました。場面ごとに見せることもでき、全部並べるとストーリー全体が見渡せる構成です。これに味を占め、「みにくいあひるのこ」「雪の女王」と作り、いちばん作りたかった「ちいさなおうち」に挑戦しました。このお話は絵本の中でもいちばん好きな作品で、おうちだけは前からできていましたが、全体の構想はあまりにボリュームがありすぎて、なかなか形になりませんでした。そんなとき、ふと話が広がるにつれて舞台もだんだん広がるようにしたら収まるのではと思いつき、場面ごとに高さを変えて構想してみました。静かな田舎の場面から、高層ビルに囲まれる大都会まで五段階の枠を舞台にしてまとまりました。
 このように作品は貯まってきましたが、職場の子どもたちにはじっくり見てもらう機会を作れず、自分の中だけの自己満足な作品になっていました。ところが交流していたクラスの先生にとても熱心な方がいて、学園のある子の授業をほとんど引き受けてくれていました。そこでお礼代わりもかねて、そのクラスでそれらの作品を紹介することになり、絵本を読み込みながら立体紙芝居が実現することになりました。「ちいさいおうち」では、子どもたちに交代で絵本を朗読してもらいながら、一段ずつ場面を並べて行くという構想が目の前で実現しました。これをきっかけにその後機会があるごとに作品を持ち出すということが増えてきました。
○お話全体を表現できる大掛かりな作品もいいですが、最初の「三匹のくま」のように枠の中にすっぽり収まるような作品もまた、作りたくなりました。そのきっかけはお話おもちゃを紹介する機会を作ってくれたクラスで「きつねのおきゃくさま」の群読を聴き、その作者あまんきみこさんに子どもたちの手紙にそえて、組み木にした作品を送ったとき。ていねいなお返事をいただきましたが、その後、また枠の中にお話を収めるパターンを考え始めました。
 お話なら宮沢賢治と新美南吉だろうということで、本の中から作品をイメージした形が飛び出るようにデザインしてみました。ただ、あくまでもイメージなのでおもちゃとして遊ぶには難があります。
○その他で、子どもたちに受けた記憶のある絵本を紹介します。
○さて、ここからは仮説の話になりますが、もし、これから支援学級の担任になったら、子どもたちに聴かせたい絵本を取り上げてみます。
  ・だるまさんが ・100かいだて ・かがみ ・すーべりだい

その後質疑応答があり、有意義な会として印象に残ればと願う。